前回の困りごと
前回、受信機の中に 1,454 kHz の基準の波を置きました。でも音は何も変わりませんでした。基準の波はただ隣にあるだけで、受信波は 999 kHz のまま。「選局の仕事をいつも同じ周波数でやる」ためには、受信波をその周波数まで運んでくる仕組みが要ります。2 つの波を「混ぜる」部品が足りないのです。
予想してから、1つ足す
今日足すのは、2 つの入力を持つブロックです。片方に受信波、もう片方に局発の波を入れて、1 つの出力を取り出します。ここで予想してください。「混ぜる」とは、どういう計算でしょう。単純に足し算をしたら、出力には何の周波数が現れるでしょうか。掛け算だったらどうでしょう。多くの人が「足し算で混ざって、何か新しい周波数ができる」と考えます。それを実験で確かめます。

図を見てください。前回まで「同調回路 → 検波器」だった経路の間に、ミキサを差し込みます。前回は経路の外にいた局部発振器が、今日はミキサの第 2 入力につながります。観測端子 C をミキサの出力に置きます。シミュレータでは、ミキサの演算を「加算」と「乗算」で切り替えられるようにしてあります。まず加算で試し、次に乗算に切り替えます。
動かしてみる
まず加算です。観測端子 C の波形は、999 kHz の AM 波の上に 1,454 kHz の正弦波が重なった、ごちゃごちゃした形になります。見た目は複雑ですが、スペクトルを見ると線は 999 kHz(と側波帯)と 1,454 kHz の 2 本だけ。前回と何も変わっていません。足し算は 2 つの波を同じ線の上に描いただけで、新しい周波数は 1 本も生まれないのです。検波器につないで聞いても、音は前回と同じです。

次に乗算へ切り替えます。スペクトルが一変します。999 kHz と 1,454 kHz の線は消えて、代わりに 455 kHz と 2,453 kHz に線が立ちます。455 は 1,454 − 999、2,453 は 1,454 + 999 です。掛け算は、2 つの周波数の差と和を作るのです。そして 455 kHz の線の左右には、元の AM 波と同じ ±3 kHz の側波帯がついています。2,453 kHz の線にも同じ側波帯があります。


455 kHz の成分だけを時間波形で見てみましょう。細かい振動は 999 kHz のときより遅く、山の数が半分以下になっています。でも、外側の包絡線はどうでしょう。第1回から見てきた、声に合わせてゆっくり動くあの形が、そのまま残っています。搬送波は 999 kHz から 455 kHz へ引っ越したのに、声の輪郭は 1 ミリも変わっていない。これが今日いちばん見てほしい結果です。

局を変えてみます。希望波 594 kHz に同調を合わせ、連動して局発を 1,049 kHz にすると、ミキサ出力はやはり 455 kHz。1,620 kHz の局でも、局発 2,075 kHz なら出力は 455 kHz です。どの局を選んでも、ミキサの出口では搬送波が 455 kHz に揃います。前回「選局の仕事をいつも同じ周波数で」と言った、その「同じ周波数」が、ここに実現しました。

ミキサ出力 C をそのまま検波器に入れて聞いてみましょう。声は聞こえます。でも、前回より良くはなりません。隣の局も一緒に 455 kHz のそばへ運ばれてきますし、和の成分 2,453 kHz も、実際のミキサでは元の 999 kHz や 1,454 kHz の漏れも、まだ全部出口に残っています。運ぶことはできた。選ぶのは次回です。


シミュレータでミキサを「加算」にしてスペクトルを見てから、「乗算」に切り替えてください。線が 2 本から別の 2 本へ移るのを見ます。次に 455 kHz の成分だけを表示し、包絡線の形が 999 kHz のときと同じかを重ねて確認します。最後に局発つまみを 1,454 kHz から少し動かし、455 kHz の線が同じ量だけ動くことを見ておきましょう。
名前をつける
今日足した回路を、周波数混合器、またはミキサと呼びます。前回の局部発振器とミキサを合わせて、周波数変換部と言います。受信波の周波数を中間周波数へ変える部分、という意味です。そして周波数変換部を持つ受信機の方式を、スーパヘテロダイン受信機と呼びます。ヘテロダインは「異なる周波数の波を掛け合わせて、差の周波数を作る」操作のことです。第4回までの受信機は、受信した周波数のまま検波していたので、区別してストレート受信機と呼びます。ストレート受信機では同調回路の特性が局ごとに変わりましたが、スーパヘテロダイン受信機では、どの局も 455 kHz に揃ってから後の処理に入るので、増幅も選択も 1 つの周波数向けに作り込めます。
なぜ掛け算で和と差ができるのか、式を一行ずつ追いましょう。三角関数の加法定理を 2 つ並べます。
上は和の角、下は差の角のコサイン。右辺の第 1 項は同じで、第 2 項の符号だけが逆
sin の項が消えて、cos a cos b が 2 つ残る。これを 2 で割れば積和公式
2 つのコサインの積は、差の角のコサインと和の角のコサインの平均。a、b を 2πf t とおけば、周波数の差と和が現れる
ここで a を局発の角、b を受信波の角とします。a = 2π × 1,454 × 10³ × t、b = 2π × 999 × 10³ × t です。a − b は 2π × 455 × 10³ × t、a + b は 2π × 2,453 × 10³ × t。実験で見た 455 kHz と 2,453 kHz が、そのまま式に出てきました。

差が中間周波数。絶対値がついているのは、局発が受信波より低い側にあっても差は正の周波数として現れるから。和の成分は次回のフィルタで落とす
包絡線が保たれる理由も、同じ式で分かります。受信波は搬送波に包絡線 {1 + m cos(2πf_m t)} が掛かった形でした。これに局発を掛けると、包絡線は展開に関係なく、そのまま前に出ます。
中括弧の包絡線 {1 + m cos ω_m t} が、差の成分にも和の成分にも、同じ形でそのまま掛かっている。だから声の輪郭は変わらない。変調度 m も変わらない
実際のミキサは、きれいな掛け算器ではありません。ダイオードやトランジスタの「入力の 2 乗に比例する成分」を使います。(x + y)² = x² + 2xy + y² の中の 2xy が、欲しい積の項です。でも x² や y² も一緒に出るので、出口には 999 kHz や 1,454 kHz の 2 倍の成分、入力の漏れなど、不要な成分も並びます。試験で「周波数変換部にはひずみや雑音が生じる」と書かれるのはこのためです。欲しいのは差の 455 kHz だけ。それ以外を落とす部品が、次回のテーマです。
足し算と掛け算
| 加算(重ねるだけ) | 乗算(ミキサ) | |
|---|---|---|
| 出力の周波数成分 | 入力と同じ 999 kHz と 1,454 kHz | 差の 455 kHz と和の 2,453 kHz(実物では元の成分の漏れも) |
| 新しい周波数は | 生まれない | 生まれる |
| 包絡線 | 2 つの波が重なって見づらくなる | 差・和のどちらにも元の包絡線がそのまま付く |
| 受信機での役割 | なし | 受信波を中間周波数へ運ぶ(周波数変換) |

試験ではこう出る
陸特では「スーパヘテロダイン受信機の周波数変換部の働き」がほぼ毎回出ます。答えは「受信周波数を中間周波数に変える」。工学Aでは、周波数変換部に高周波増幅器を前置すると、変換部で発生する雑音の影響が相対的に小さくなって感度が上がる、という文脈で問われます。基礎では三角関数の積が和と差の周波数になることそのもの、あるいは 2 乗特性の素子に 2 つの周波数を入れたときに現れる成分を数える問題があります。計算は今日の 1,454 − 999 = 455、1,454 + 999 = 2,453 kHz と同じ手順です。
「周波数変換部は、受信周波数を音声周波数に変える」は誤りです。音声を取り出すのは検波器で、変換部が作るのは中間周波数です。また「中間周波数へ変換すると変調度が変わる」も誤り。今日の式のとおり、包絡線 {1 + m cos ω_m t} は差の成分にそのまま付いていて、m は変わりません。
今日の結果
今日の結果
次回は、ミキサの出口に 455 kHz 専用の固定フィルタを置きます。鋭いフィルタを 1 か所に固定できる、スーパヘテロダインの本当のご利益を体験します。ただし狭めすぎると、声がこもります。
この回で解けるようになる問題
本文の「例題No.」は公益財団法人日本無線協会が公表している CBT 方式の国家試験の例題、「過去問」は同協会の公表試験問題です(日本無線協会 試験問題。同協会の利用条件に基づき掲載)。「オリジナル」は当サイトの作問です。
次の記述の[ ]内に入れるべき字句の組合せで、正しいのはどれか。 シングルスーパヘテロダイン受信機において、[A]を設けると、周波数変換部で発生する雑音の影響が少なくなるため、[B]が改善される。
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