無線通信ブートラボ
第6回

局を変えても、同じ周波数に運ぶ

局部発振器と受信波をミキサに入れます。「混ぜる」は足し算ではなく掛け算。999 kHz の AM 波が、声の輪郭を保ったまま 455 kHz へ引っ越します。
この回でつくる

前回作った 1,454 kHz の局部発振器と、同調回路を通った 999 kHz の受信波を、周波数混合器(ミキサ)に入れます。受信波が 455 kHz へ移ります。

前回の困りごと

前回、受信機の中に 1,454 kHz の基準の波を置きました。でも音は何も変わりませんでした。基準の波はただ隣にあるだけで、受信波は 999 kHz のまま。「選局の仕事をいつも同じ周波数でやる」ためには、受信波をその周波数まで運んでくる仕組みが要ります。2 つの波を「混ぜる」部品が足りないのです。

予想してから、1つ足す

今日足すのは、2 つの入力を持つブロックです。片方に受信波、もう片方に局発の波を入れて、1 つの出力を取り出します。ここで予想してください。「混ぜる」とは、どういう計算でしょう。単純に足し算をしたら、出力には何の周波数が現れるでしょうか。掛け算だったらどうでしょう。多くの人が「足し算で混ざって、何か新しい周波数ができる」と考えます。それを実験で確かめます。

今日の受信機:ミキサをつなぐ
今日の受信機。同調回路の後ろに橙色のミキサが入り、局部発振器の出力がミキサの第 2 入力につながった。観測端子 C はミキサ出力

図を見てください。前回まで「同調回路 → 検波器」だった経路の間に、ミキサを差し込みます。前回は経路の外にいた局部発振器が、今日はミキサの第 2 入力につながります。観測端子 C をミキサの出力に置きます。シミュレータでは、ミキサの演算を「加算」と「乗算」で切り替えられるようにしてあります。まず加算で試し、次に乗算に切り替えます。

動かしてみる

まず加算です。観測端子 C の波形は、999 kHz の AM 波の上に 1,454 kHz の正弦波が重なった、ごちゃごちゃした形になります。見た目は複雑ですが、スペクトルを見ると線は 999 kHz(と側波帯)と 1,454 kHz の 2 本だけ。前回と何も変わっていません。足し算は 2 つの波を同じ線の上に描いただけで、新しい周波数は 1 本も生まれないのです。検波器につないで聞いても、音は前回と同じです。

足し算と掛け算は違う
足し算と掛け算は違う。左は加算器の出力(スペクトルは 999 と 1,454 kHz の 2 本のまま)、右は乗算器の出力(455 kHz と 2,453 kHz に新しい線)

次に乗算へ切り替えます。スペクトルが一変します。999 kHz と 1,454 kHz の線は消えて、代わりに 455 kHz と 2,453 kHz に線が立ちます。455 は 1,454 − 999、2,453 は 1,454 + 999 です。掛け算は、2 つの周波数の差と和を作るのです。そして 455 kHz の線の左右には、元の AM 波と同じ ±3 kHz の側波帯がついています。2,453 kHz の線にも同じ側波帯があります。

高側局発で RF の上側波帯が IF の下側へ、下側波帯が上側へ移ることを、交差する 3 本の矢印で示した図。
側波帯の名前が入れ替わる。高側局発では上下が逆になる。包絡線の形は変わらない
二つの波から、和と差へ
二つの波から、和と差へ。入力スペクトル(999 kHz AM と 1,454 kHz)と、乗算後の出力スペクトル(455 kHz と 2,453 kHz、どちらも側波帯つき)

455 kHz の成分だけを時間波形で見てみましょう。細かい振動は 999 kHz のときより遅く、山の数が半分以下になっています。でも、外側の包絡線はどうでしょう。第1回から見てきた、声に合わせてゆっくり動くあの形が、そのまま残っています。搬送波は 999 kHz から 455 kHz へ引っ越したのに、声の輪郭は 1 ミリも変わっていない。これが今日いちばん見てほしい結果です。

声の輪郭は引っ越せる
声の輪郭は引っ越せる。上は 999 kHz の AM 波、下は 455 kHz に変換された波。細かい振動の密度は変わるが、橙色の包絡線は同じ形

局を変えてみます。希望波 594 kHz に同調を合わせ、連動して局発を 1,049 kHz にすると、ミキサ出力はやはり 455 kHz。1,620 kHz の局でも、局発 2,075 kHz なら出力は 455 kHz です。どの局を選んでも、ミキサの出口では搬送波が 455 kHz に揃います。前回「選局の仕事をいつも同じ周波数で」と言った、その「同じ周波数」が、ここに実現しました。

別の局も 455 kHz へ
別の局も 455 kHz へ。594 / 999 / 1,620 kHz の 3 局が、局発 1,049 / 1,454 / 2,075 kHz との差でいずれも 455 kHz に落ちる

ミキサ出力 C をそのまま検波器に入れて聞いてみましょう。声は聞こえます。でも、前回より良くはなりません。隣の局も一緒に 455 kHz のそばへ運ばれてきますし、和の成分 2,453 kHz も、実際のミキサでは元の 999 kHz や 1,454 kHz の漏れも、まだ全部出口に残っています。運ぶことはできた。選ぶのは次回です。

ミキサ出力に差・和・隣の局・漏れの成分を札として並べ、差成分だけを表示するのは観測側の操作で回路はまだ選別していないことを示した図。
ミキサの出口は、まだ選別前。455 kHz だけを見ているのは観測側の都合
スーパーへ変身した受信機
スーパーへ変身した受信機。アンテナ → 同調回路 → ミキサ(局発つき)→ 検波器 → AF 増幅 → スピーカーの全体図。ミキサと局発を破線で囲み「周波数変換部」
やってみよう

シミュレータでミキサを「加算」にしてスペクトルを見てから、「乗算」に切り替えてください。線が 2 本から別の 2 本へ移るのを見ます。次に 455 kHz の成分だけを表示し、包絡線の形が 999 kHz のときと同じかを重ねて確認します。最後に局発つまみを 1,454 kHz から少し動かし、455 kHz の線が同じ量だけ動くことを見ておきましょう。

名前をつける

今日足した回路を、周波数混合器、またはミキサと呼びます。前回の局部発振器とミキサを合わせて、周波数変換部と言います。受信波の周波数を中間周波数へ変える部分、という意味です。そして周波数変換部を持つ受信機の方式を、スーパヘテロダイン受信機と呼びます。ヘテロダインは「異なる周波数の波を掛け合わせて、差の周波数を作る」操作のことです。第4回までの受信機は、受信した周波数のまま検波していたので、区別してストレート受信機と呼びます。ストレート受信機では同調回路の特性が局ごとに変わりましたが、スーパヘテロダイン受信機では、どの局も 455 kHz に揃ってから後の処理に入るので、増幅も選択も 1 つの周波数向けに作り込めます。

なぜ掛け算で和と差ができるのか、式を一行ずつ追いましょう。三角関数の加法定理を 2 つ並べます。

加法定理(2 本)
\begin{aligned} \cos(a+b) &= \cos a \cos b - \sin a \sin b \\ \cos(a-b) &= \cos a \cos b + \sin a \sin b \end{aligned}

上は和の角、下は差の角のコサイン。右辺の第 1 項は同じで、第 2 項の符号だけが逆

2 本を足す
\cos(a+b) + \cos(a-b) = 2 \cos a \cos b

sin の項が消えて、cos a cos b が 2 つ残る。これを 2 で割れば積和公式

積和公式
\cos a \cos b = \tfrac{1}{2}\{\cos(a-b) + \cos(a+b)\}

2 つのコサインの積は、差の角のコサインと和の角のコサインの平均。a、b を 2πf t とおけば、周波数の差と和が現れる

ここで a を局発の角、b を受信波の角とします。a = 2π × 1,454 × 10³ × t、b = 2π × 999 × 10³ × t です。a − b は 2π × 455 × 10³ × t、a + b は 2π × 2,453 × 10³ × t。実験で見た 455 kHz と 2,453 kHz が、そのまま式に出てきました。

乗算器の入力の 1 本が差と和の 2 本へ分岐し、それぞれに 1/2 の係数が付くことを示し、変換利得とは別の正規化であると注記した図。
周波数だけでなく、振幅も計算する。差と和にそれぞれ 1/2 が付く
中間周波数と和周波数
f_{\mathrm{IF}} = |f_{\mathrm{LO}} - f_{\mathrm{RF}}| = 1454 - 999 = 455\ \mathrm{kHz}, \qquad f_{\mathrm{LO}} + f_{\mathrm{RF}} = 2453\ \mathrm{kHz}

差が中間周波数。絶対値がついているのは、局発が受信波より低い側にあっても差は正の周波数として現れるから。和の成分は次回のフィルタで落とす

包絡線が保たれる理由も、同じ式で分かります。受信波は搬送波に包絡線 {1 + m cos(2πf_m t)} が掛かった形でした。これに局発を掛けると、包絡線は展開に関係なく、そのまま前に出ます。

AM 波に局発を掛ける
\{1+m\cos\omega_m t\}\cos\omega_c t \cdot \cos\omega_{\mathrm{LO}} t = \tfrac{1}{2}\{1+m\cos\omega_m t\}\{\cos(\omega_{\mathrm{LO}}-\omega_c)t + \cos(\omega_{\mathrm{LO}}+\omega_c)t\}

中括弧の包絡線 {1 + m cos ω_m t} が、差の成分にも和の成分にも、同じ形でそのまま掛かっている。だから声の輪郭は変わらない。変調度 m も変わらない

実際のミキサは、きれいな掛け算器ではありません。ダイオードやトランジスタの「入力の 2 乗に比例する成分」を使います。(x + y)² = x² + 2xy + y² の中の 2xy が、欲しい積の項です。でも x² や y² も一緒に出るので、出口には 999 kHz や 1,454 kHz の 2 倍の成分、入力の漏れなど、不要な成分も並びます。試験で「周波数変換部にはひずみや雑音が生じる」と書かれるのはこのためです。欲しいのは差の 455 kHz だけ。それ以外を落とす部品が、次回のテーマです。

足し算と掛け算

加算(重ねるだけ)乗算(ミキサ)
出力の周波数成分入力と同じ 999 kHz と 1,454 kHz差の 455 kHz と和の 2,453 kHz(実物では元の成分の漏れも)
新しい周波数は生まれない生まれる
包絡線2 つの波が重なって見づらくなる差・和のどちらにも元の包絡線がそのまま付く
受信機での役割なし受信波を中間周波数へ運ぶ(周波数変換)
無線技士の女性の先生が黒板の前に立ち、黒板には「cos a · cos b = ½{cos(a−b) + cos(a+b)}」と書かれている
先生の挿絵。黒板に積和公式を書き、横のスペクトル表示で 999 kHz の線が 455 kHz へ移ったところを指している

試験ではこう出る

試験ではここ

陸特では「スーパヘテロダイン受信機の周波数変換部の働き」がほぼ毎回出ます。答えは「受信周波数を中間周波数に変える」。工学Aでは、周波数変換部に高周波増幅器を前置すると、変換部で発生する雑音の影響が相対的に小さくなって感度が上がる、という文脈で問われます。基礎では三角関数の積が和と差の周波数になることそのもの、あるいは 2 乗特性の素子に 2 つの周波数を入れたときに現れる成分を数える問題があります。計算は今日の 1,454 − 999 = 455、1,454 + 999 = 2,453 kHz と同じ手順です。

ひっかけ

「周波数変換部は、受信周波数を音声周波数に変える」は誤りです。音声を取り出すのは検波器で、変換部が作るのは中間周波数です。また「中間周波数へ変換すると変調度が変わる」も誤り。今日の式のとおり、包絡線 {1 + m cos ω_m t} は差の成分にそのまま付いていて、m は変わりません。

今日の結果

今日の結果

  • 聞こえたもの ミキサ出力を検波しても声は聞こえる。ただし音質も混信も前回とほぼ同じ
  • 見えたもの 999 kHz の AM 波が 455 kHz へ移った。和の 2,453 kHz も出た。どの局を選んでも出口は 455 kHz。包絡線の形と変調度は変わらない
  • まだ困ること 出口には和の成分、元の波の漏れ、隣の局が一緒に運ばれてきていて、まだ選べていない

次回は、ミキサの出口に 455 kHz 専用の固定フィルタを置きます。鋭いフィルタを 1 か所に固定できる、スーパヘテロダインの本当のご利益を体験します。ただし狭めすぎると、声がこもります。

この回で解けるようになる問題

本文の「例題No.」は公益財団法人日本無線協会が公表している CBT 方式の国家試験の例題、「過去問」は同協会の公表試験問題です(日本無線協会 試験問題。同協会の利用条件に基づき掲載)。「オリジナル」は当サイトの作問です。

三陸特 ・ 日本無線協会 CBT例題 無線工学 No.3 問23

スーパヘテロダイン受信機の周波数変換部の働きについての記述で、正しいのはどれか。次のうちから選べ。

この問題を解く
三陸特 ・ 日本無線協会 令和2年10月期 無線工学 問24

スーパヘテロダイン受信機の周波数変換部の働きは、次のうちどれか。

この問題を解く
三陸特 ・ 日本無線協会 令和3年10月期 無線工学 問23

スーパヘテロダイン受信機の周波数変換部の働きは、次のうちどれか。

この問題を解く
4アマ ・ 日本無線協会 CBT例題 無線工学 No.2 問17

次の記述の[ ]内に入れるべき字句の組合せで、正しいのはどれか。 シングルスーパヘテロダイン受信機において、[A]を設けると、周波数変換部で発生する雑音の影響が少なくなるため、[B]が改善される。

この問題を解く