前回の困りごと
第12回でアッテネータを入れ、強い局が作る架空の局(相互変調)を消せました。これで弱い局から強い局まで、ひとまず全部聞けるようになったはずです。ところが、999 kHz の局に合わせて 10 分ほど聞いていると、声が少しこもってきます。さらに放っておくと、ひずみが出て、最後は雑音だけになりました。つまみには触れていません。選局し直すとまた聞こえる。でも、しばらくするとまた逃げる。受信機の中で、何かがゆっくり動いているのですね。
疑うべきは第5回で作った局部発振器です。あの発振器はコイルとコンデンサで周波数を決めていました。コイルもコンデンサも、温度が上がると値がわずかに変わります。受信機の電源を入れて箱の中が温まると、発振周波数が少しずつ動きます。「少し」で済むのかどうか、今日はまず数字で確かめましょう。
予想してから、1つ足す
局発が 1,454 kHz から 1 kHz 下がって 1,453 kHz になったとしましょう。ミキサの出力は差の周波数ですから、IF は 1,453 − 999 = 454 kHz になります。IF フィルタは 455 kHz を中心に、第7回で決めた幅 6 kHz(452〜458 kHz)を通します。搬送波は 454 kHz ですから、まだ中にいますね。でも側波帯はどうでしょう。音声上限 3 kHz なので、下側波帯は 451〜454 kHz。452 kHz より下の部分、つまり音声の 2〜3 kHz に当たる成分が、片側だけ削られます。声が「こもる」のは、こういう状態です。
ずれが 3 kHz になると搬送波そのものがフィルタの肩にかかります。包絡線検波は搬送波と側波帯の比で音を作りますから、搬送波が削られると、ひずみが急に増えます。さらにずれれば、信号ごとフィルタの外に出て、残るのは雑音だけ。前回までの受信機は、ここまで来ていたわけです。では、どう直すか。予想してみてください。「IF フィルタを広げる」「局発をこまめに合わせ直す」「局発を温度で動かないものに替える」。今日足すのは三つ目です。ただし、動かない発振器をそのまま局発にはできません。局発は選局のたびに周波数を変える必要があるからです。そこで、動かない発振器を「基準」として置き、可変の局発を基準に照らして戻し続ける仕組みを作ります。

動かしてみる
シミュレータの局部発振器に「温度」のスライダーが現れます。まず基準も PLL も切った状態で、温度を 20 ℃から 40 ℃までゆっくり上げてみましょう。局発の周波数表示が 1,454.00 kHz から下がりはじめ、40 ℃で 1,451.1 kHz になりました。差は 2.9 kHz。相対誤差で言えば約 2,000 ppm(0.2 %)です。コイルとコンデンサで作った発振器としては、むしろ普通の値です。IF フィルタの入力を見ると、455 kHz の中心にいたスペクトルの山が、温度と一緒に左へ滑っていきます。456 kHz 側の側波帯は残り、452 kHz 側の側波帯が先に削れ、最後は搬送波が肩に乗る。耳で聞くと「こもる → ひずむ → 消える」の順で、予想どおりでした。


次に「基準発振器」を入れます。これは水晶振動子で周波数を決めた発振器で、ここでは 10 MHz です。同じ温度スライダーを動かしても、表示は 10,000.00 kHz から 10,000.05 kHz くらいしか動きません。相対誤差で 5 ppm。先ほどの 2,000 ppm とは 400 倍の差です。ただし 10 MHz 固定ですから、これを局発に直接は使えません。そこで PLL を「入」にします。局発の出力を 1,454 分の 1 に分周し、基準の 10 MHz を 10,000 分の 1 に分周した 1 kHz と、位相比較器で比べます。差があれば局発の制御電圧を動かし、差がなくなる所で止まる。この状態を「ロック」と言います。

PLL を入れたまま、もう一度温度を 20 ℃から 40 ℃へ上げてみましょう。局発の表示は 1,454.00 kHz のまま、最後の桁が 1,454.01 kHz に揺れる程度です。制御電圧の観測点を見ると、こちらは温度と一緒にじわじわ下がっていきます。つまり、コイルとコンデンサは今もずれようとしているのに、PLL が制御電圧でそれを打ち消し続けているのですね。IF のスペクトルは 455 kHz の中心を動かず、30 分たっても声はそのままでした。

やってみよう: (1) PLL を切って温度 40 ℃にし、「こもる・ひずむ・消える」を耳で確かめる。(2) PLL を入れて同じ温度にし、制御電圧の観測点だけが動くのを見る。(3) 分周数 N を 1,454 から 1,463 に変えて、局発が 1,463 kHz に跳び、1,008 kHz の局が聞こえるようになるのを確かめる(999 kHz から 9 kHz 上の局です)。選局を「つまみ」ではなく「数」で決められるようになりました。
名前をつける
周波数が時間とともにどれだけ動くかを「周波数安定度」と呼びます。試験では受信機の性能の一つとして、「周波数と強さが一定の電波を、再調整せずに長時間受信し続けられる能力」という言い方で出てきます。今日の体験そのままですね。ずれの大きさは Hz でも言えますが、1,454 kHz の 1 kHz と 10 MHz の 1 kHz では重みが違うので、元の周波数で割った相対値で表すのが普通です。単位は ppm(100 万分の 1)。

Δf はずれた量〔Hz〕、f0 は本来の周波数〔Hz〕。1,454 kHz の局発が 100 ppm ずれると Δf = 1,454,000 × 100 ÷ 10^6 = 145.4 Hz。今日の LC 発振器は約 2,000 ppm で 2.9 kHz、水晶は 5 ppm で約 7 Hz
ここで一つ、はっきりさせておきたいことがあります。PLL は「周波数を安定にする魔法」ではありません。PLL がしているのは、可変の発振器を基準発振器の安定度に「そろえる」ことです。ロックしている間、局発の周波数は基準の周波数の整数倍に固定されます。

fref は基準周波数、N は分周数。今日は fref = 1 kHz、N = 1,454 で 1,454 kHz。N を 1 変えると fLO は fref だけ動くので、選局の刻みは fref になる。右の式は、相対誤差(ppm)が基準と同じになること。基準が 5 ppm なら局発も 5 ppm で、1,454 kHz では約 7 Hz
PLL のブロックと、今日の受信機での役
- 基準発振器 水晶で周波数を決めた、動かない発振器。10 MHz。安定度の「元」はここ
- 固定分周器 基準 10 MHz を 1/10,000 にして fref = 1 kHz を作る。選局の刻み(1 kHz)はこれで決まる
- 可変分周器 局発出力を 1/N にする。N = 1,454 で 1 kHz。N を変えるのが選局操作
- 位相比較器 fref と fLO/N の位相を比べ、差に応じた電圧を出す。差がなければ出力は一定
- 低域フィルタ(LPF) 比較器出力の細かい変動を落とし、なめらかな制御電圧にする。ループの速さと落ち着きを決める
- 電圧制御発振器(VCO) 第5回の局発に制御電圧の入力を付けたもの。電圧で周波数が動く。温度でもずれようとするが、制御電圧で打ち消される

最後に、安定度と選択度の関係を見ておきましょう。第7回で IF フィルタを狭くすると隣の局に強くなる、と学びました。でも今日の実験では、狭いフィルタほど局発のずれに弱いことも分かりました。幅 6 kHz なら 1 kHz のずれで「こもる」程度ですが、もし幅 3 kHz のフィルタだったら、同じ 1 kHz で搬送波が肩に乗ってしまいます。鋭い選択度は、安定な局発と組になって初めて使えるのです。実際の受信機で IF フィルタを狭くできるようになったのは、局発が水晶と PLL で安定になったからでもあります。


試験ではこう出る
テーマ 1「受信機の性能としての安定度」: 陸特・アマチュアの工学で、受信機の性能 4 つ(感度・選択度・安定度・忠実度)の説明文を読んで名前を答える問題が繰り返し出ます。「周波数と強さが一定の電波を再調整せずに長時間受信できる」が安定度。局部発振器に必要な条件を問う問題では「周波数が安定であること」が答えになります。テーマ 2「PLL の構成」: 3アマ・2陸特では PLL 発振器や周波数シンセサイザのブロック図の穴埋め(位相比較器・低域フィルタ・VCO・可変分周器)。一陸技の工学Aでは fo = N·fref の計算に加え、分周数を N と N+1 で切り替えて平均の分周比を非整数にするフラクショナル N 型が出ます。数値で確かめておきましょう。fref = 1 kHz、N = 1,454 なら fLO = 1,454 kHz、ステップは 1 kHz。基準が 5 ppm なら局発のずれは 1,454,000 × 5 ÷ 10^6 ≒ 7.3 Hz です。
ひっかけ: 「PLL を用いると基準発振器より周波数安定度が高くなる」は誤りです。ロック時の相対誤差は基準と同じ。もう一つ、ppm と % の換算。100 ppm は 0.01 % であって 0.1 % ではありません。1,454 kHz × 100 ppm = 145.4 Hz を、14.54 Hz や 1.454 kHz と書いた肢が混ざります。
今日の結果
第13回の結果
次回は、第2回から使い続けてきた包絡線検波器に、もう一つの検波器を並べます。搬送波を自分で作り直して掛け算する「同期検波」。周波数が合っているのにひずむ声の正体と一緒に、検波器の得意・不得意を聞き比べます。
この回で解けるようになる問題
本文の「例題No.」は公益財団法人日本無線協会が公表している CBT 方式の国家試験の例題、「過去問」は同協会の公表試験問題です(日本無線協会 試験問題。同協会の利用条件に基づき掲載)。「オリジナル」は当サイトの作問です。
図は、位相同期ループ(PLL)を用いた一般的な発振器の構成例を示したものである。[ ]内に入れるべき字句で、正しいのは次のうちどれか。
この問題を解く図は、周波数シンセサイザの構成例を示したものである。[ ]内に入れるべき名称の組合せで、正しいのはどれか。下の番号から選べ。
この問題を解く次の記述は、図に示す原理的構成例のフラクショナル N 型 PLL 周波数シンセサイザの動作原理について述べたものである。[ ]内に入れるべき字句の正しい組合せを下の番号から選べ。ただし、N は正の整数とし、TN は N 分周する期間を、TN+1 は (N+1) 分周する期間...
この問題を解く次の記述は、受信機の性能のうち何について述べたものか。 周波数及び強さが一定の電波を受信しているとき、受信機の再調整を行わず、長時間にわたって一定の出力を得ることができる能力を表す。
この問題を解く