検波出力から搬送波の大きさを表す直流分を取り出し、ゆっくり平滑して、前回の中間周波増幅器の利得制御端子へ戻す帰還ループを足します。音声の速い強弱ではなく、受信信号のゆっくりしたレベル変動を追わせます。
前回の困りごと
第9回で中間周波増幅器を足して、弱い局の声が戻りました。でも検波器の入口に「使える範囲」が 12 dB ほどしかないのに、入力は 40 dB も動きます。弱い局に合わせて利得 40 dB にしておくと、強い局に替えた瞬間に飽和して声が消え、強い局に合わせて 0 dB にしておくと、弱い局は無音です。もっと困るのは、同じ局を聞いているのに強さが揺れるフェージングです。数秒ごとに音量が大きくなったり小さくなったりして、手で追いかけるのは無理でした。「入力が大きければ利得を下げ、小さければ上げる」。この操作を受信機にやらせたいのです。
予想してから、1つ足す
手で利得を回していたとき、私たちは何を見ていたでしょう。検波出力の波形の「大きさ」ですね。第2回で見たとおり、包絡線検波の出力には音声のほかに直流分が含まれていて、その直流分は搬送波の大きさに比例します。つまり受信機の中には、すでに「いまの信号の強さ」を表す電圧があるのです。これを前段へ知らせて利得を動かせば、自動で回るはずです。予想してみましょう。(a) 弱い局も強い局も同じ音量になる。(b) 音声の強弱までならされて、声が平たくなる。(c) 何かの限界で、一定にならない入力がある。実装は 3 つの部品です。検波出力から直流分を取り出す回路、それを平滑する時定数の大きい RC(時定数は後で変えます)、そして平滑した制御電圧を IF 増幅器の利得制御端子へ戻す線です。制御電圧が大きいほど利得が下がるように向きを決めます。観測点は、IF フィルタ出口(A)、検波器入口(B)、検波出力(C)に加えて、新しく制御電圧(D)を見ます。

動かしてみる
まず帰還を切ったまま、入力を弱い局から強い局まで 40 dB 動かします。IF 増幅器の利得は 40 dB 固定です。検波出力(C)の音声の大きさも 40 dB そのまま動き、上のほうでは第9回と同じ飽和が起きて声が消えます。次に帰還をつなぎます。入力を同じように動かすと、制御電圧(D)が入力に合わせて上がり、IF 増幅器の利得が 40 dB から 2 dB まで下がっていくのが見えます。検波器の入口(B)の振幅は、入力が 100 倍になっても 0.8 V から 1.6 V の間、変動は約 6 dB に収まりました。スピーカーの音量は、弱い局と強い局でほとんど同じです。予想 (a) のとおりです。


では帰還の「速さ」を変えてみましょう。平滑 RC の時定数を 1 ms まで短くします。音声の上限 3 kHz の周期が約 0.33 ms、下のほうの 300 Hz でも 3.3 ms ですから、1 ms の時定数は音声の包絡線の動きを追いかけてしまいます。声が大きくなった瞬間に利得が下がり、小さくなった瞬間に利得が上がる。結果、検波出力の音声は強弱がならされ、変調度が浅くなったように平たい声になりました。予想 (b) が起きています。音量は一定ですが、声としては悪くなっています。今度は時定数を 10 秒にします。音声は無事ですが、フェージングで入力が 2 秒かけて 20 dB 落ちたとき、利得が追いつかず、数秒間は小さい声のままです。時定数を 0.2 秒に戻すと、音声の強弱は保たれ、フェージングには追いつきます。追わせたいのは「局の強さ」であって「声の強弱」ではない、という線引きが時定数で決まるのです。


最後に、入力をもっと弱くしてみます。IF フィルタの出口(A)で 2 mV まで下げると、利得はもう上限の 60 dB に張り付いていて、それ以上は上がれません。検波器の入口は 2 V から 0.2 V に下がり、音量も小さくなります。帰還は「下げる」方向には強いのですが、「上げる」方向には利得の上限という天井があるのです。予想 (c) もそのとおりでした。AGC がよく働く範囲は、利得が上限と下限の間にある入力の範囲だけです。

シミュレータで帰還をつないだまま、入力スライダーを一気に 20 dB 上げてください。制御電圧(D)がじわっと上がり、検波器入口の振幅が一度大きくなってから元の高さへ戻る様子を見ます。この「戻るまでの時間」が時定数です。次に時定数を 1 ms にして、ナレーションの波形が平たくなるのを確かめましょう。頭の中で追う人は、「入力 ×10 → 検波直流分が増える → 制御電圧が上がる → 利得が下がる → 出力が元に近づく」の輪を、矢印でノートに書いてみてください。
名前をつける
今日足した帰還ループが AGC(自動利得制御)です。出力の一部を入力側へ戻し、出力が大きくなったら小さくする向きに働かせる。これは負帰還の一種です。負帰還は一般に、利得を犠牲にして安定さを買う仕組みでした。AGC では「出力レベルの一定さ」を買っています。制御電圧が大きいほど利得が下がるので、動作範囲の中では出力はほぼ目標値に落ち着きます。式で書くと次のようになります。
向きを確かめておきましょう。入力が 10 倍になると、まず検波出力が大きくなり、直流分も増えます。平滑された制御電圧が上がり、IF 増幅器の利得が下がります。利得が下がれば出力は元に近づき、直流分の増え方も止まります。入力の変化に「逆向き」に利得が動くので、出力の変化が小さくなるのです。実際の受信機では、制御電圧を中間周波増幅器だけでなく高周波増幅器にも配り、強い入力ではミキサの前から利得を落として飽和を防ぎます。また、弱い入力では AGC をかけずに利得を最大にしておき、ある強さを超えてから利得を下げ始める「遅延 AGC」という工夫もあります。今日見た「弱すぎると一定にできない」領域を、感度を落とさずにやり過ごす設計です。


出力は、制御電圧で決まる利得 A と入力の積。制御電圧は出力のゆっくりした平均に比例し、大きいほど A が下がる。入力が増えても出力は目標値 V_target の近くに留まる。ただし A には上限と下限がある
AGC の時定数は、音声の最も低い周波数の周期よりずっと長く(声の強弱を追わない)、フェージングの変動時間よりは短く(局の強さには追いつく)。今日の 0.2 秒はこの間
受信機の「大きさ」にかかわる 3 つの仕組み
| 何を見る | 何を動かす | 目的 | |
|---|---|---|---|
| AGC | 検波出力の直流分(信号の強さ) | 高周波・中間周波増幅器の利得 | 入力が変動しても出力をほぼ一定に保つ |
| 音量つまみ | 人の耳 | 低周波増幅器の利得 | 聞きたい音量に合わせる。入力変動には追いつかない |
| スケルチ | 信号の有無(雑音の大きさ) | 低周波増幅器を止める | 無信号時のザーを消す。主に FM 受信機 |
AGC がよく誤解されるのは「音をよくする回路」だと思われることです。今日の実験で見たとおり、AGC は音量をそろえるだけで、信号に混ざっているザーの割合は変えていません。弱い局は AGC で音量が上がりましたが、ザーも同じだけ大きくなっています。これは次回の主題です。

試験ではこう出る
3 アマ・陸特の工学では、「受信入力レベルが変動しても出力をほぼ一定に保つ回路はどれか」という形で AGC が問われます。選択肢には AFC、スケルチ、クラリファイヤ(RIT)が並び、それぞれ周波数のずれの補正、無信号時の雑音の消去、SSB の受信周波数の微調整なので、役割で見分けます。FM 受信機の構成図では、振幅制限器の出力から分岐して低周波増幅器を止めるのがスケルチで、AGC は中間周波増幅器の前へ戻る線です。一陸技の基礎では負帰還の一般論として、帰還をかけると利得は下がるが安定度やひずみが改善することが問われます。AGC は「出力レベル」の安定に負帰還を使った例として覚えておくと、両方がつながります。
「AGC を働かせると雑音が減る」は誤りです。AGC が見ているのは信号の強さで、動かすのは増幅器の利得なので、信号と雑音は同じ倍率で変わります。雑音を消すのはスケルチ(無信号のとき音を止める)で、S/N を改善するのは初段の雑音対策(次回)です。AGC とスケルチを入れ替えた選択肢は毎回のように出ます。
今日の結果
第10回の記録
大きくしてもついてくる「ザー」はどこから来るのでしょう。次回は信号と雑音を別々の目で見て、音量とは別の物差し S/N と、増幅器が自分で足している雑音の大きさ、雑音指数に名前をつけます。
この回で解けるようになる問題
本文の「例題No.」は公益財団法人日本無線協会が公表している CBT 方式の国家試験の例題、「過去問」は同協会の公表試験問題です(日本無線協会 試験問題。同協会の利用条件に基づき掲載)。「オリジナル」は当サイトの作問です。
AM 受信機において、受信入力レベルが変動すると、出力レベルが不安定となる。この出力を一定に保つための働きをする回路は、次のうちどれか。
この問題を解く次の記述の 内に入れるべき字句の組合せで、正しいのはどれか。 FM(F3E)受信機において、相手局からの送話が [A] とき、受信機から雑音が出たら [B] 調整つまみを回して、雑音が消える限界点付近の位置に調整する。
この問題を解く