聞くものがないときだけ、静かにする
この回でつくるもの: 検波器と AF 増幅器の間に「スケルチ」の門を足します。受信レベルがしきい値より低いときは音声を止め、高いときだけ通す。AM 放送を探すときは弱い局を隠してしまうので、いつでも切れるバイパススイッチ付きです。
前回の困りごと
第14回で二つの検波器を聞き比べ、普通の AM なら包絡線検波で十分だと分かりました。切替スイッチは包絡線検波に戻しておきましょう。さて、受信機を使っていて気になることがもう一つあります。999 kHz の局から 1,008 kHz の局へつまみを回すとき、途中の局のない所で「ザー」が鳴り続けます。しかも第10回の AGC が「入力が小さいから利得を上げよう」と働くので、無信号のときほど雑音が大きい。夜中に局が放送を終えると、スピーカーから大きな雑音だけが出続けます。聞くものがないときは、黙っていてほしいですね。
予想してから、1つ足す
「局がいないとき」を受信機はどう知ればよいでしょう。手がかりはすでにあります。第10回の AGC は検波出力の直流分、つまり搬送波の強さを見ていました。局がいれば搬送波があるので直流分は大きく、いなければ雑音だけで直流分は小さい。この直流分を「受信レベル L」として使い、L がある値より小さいときに AF 増幅器の入力を切ってしまえばよさそうです。切るのは音声経路であって、利得ではないことに注意してください。AGC は「大きさをそろえる」、今日の門は「通すか止めるか」。仕事が違います。
何が変わると思いますか。局のない所は静かになるはずです。でも、しきい値のすぐ近くのレベルで入ってくる弱い局はどうなるでしょう。そして、しきい値を高くしすぎたら? 予想を書いてから進みましょう。

動かしてみる
シミュレータに「スケルチ」のつまみと、受信レベル L のメータが現れます。L はアンテナ入力に換算した dBm で表示します。999 kHz の局を受けているとき L は −70 dBm、つまみを回して局のない 1,003 kHz に合わせると L は −105 dBm 前後で小刻みに揺れます。しきい値を −95 dBm に置いてみましょう。1,003 kHz では門が閉じて音声がゼロ、スピーカーは無音。999 kHz に戻すと門が開いて声が出る。期待どおりです。つまみを 999 → 1,003 → 1,008 kHz とゆっくり回すと、局の上でだけ声が出て、間は静か。これなら夜中の雑音も止まります。

ここで、信号源を「フェージングつき」に切り替えます。999 kHz の局のレベルが、数秒の周期で −90 dBm と −100 dBm の間をゆっくり揺れる設定です。しきい値 −95 dBm のままにすると、声が「聞こえる・切れる・聞こえる・切れる」と、揺れのたびに途切れます。さらに揺れの山が −95 dBm のちょうど近くに来ると、レベルの小刻みな揺れで門が 1 秒に何度も開閉し、声がパタパタと刻まれます。これは雑音より聞きづらい。しきい値一つで「開く」と「閉じる」を同じ線で決めると、境界でこうなるのですね。

そこで「ヒステリシス」のスイッチを入れます。しきい値が 2 本になり、開く線を −93 dBm、閉じる線を −97 dBm に置きます。開くには −93 dBm を超えなければならず、いったん開いたら −97 dBm を下回るまで閉じません。間の 4 dB の区間では、直前の状態をそのまま保ちます。同じフェージング信号を入れると、揺れの山で開き、谷で閉じる動作は残りますが、線の近くでの小刻みなパタパタは消えました。レベルの細かい揺れが 4 dB より小さい限り、門は動かないからです。


最後に失敗もしておきましょう。しきい値をぐっと上げて −80 dBm にします。999 kHz の強い局(−70 dBm)は聞こえますが、1,008 kHz の弱い局(−88 dBm)は門が開かず、何も聞こえません。つまみを回しても「局がない」ように見えてしまう。でも IF の観測点を見ると、1,008 kHz の信号はちゃんと来ています。受信機は聞こえているのに、自分で止めているのです。局を探すときにスケルチが邪魔になる理由がこれで、バイパススイッチを付けたのはこのためです。もう一つ、しきい値を −95 dBm に戻して強い雑音(雷のような広い帯域のパルス)を入れると、L が一瞬 −90 dBm まで跳ね、門が開いて「バリッ」と鳴ります。レベルだけで判定する門は、強い雑音や妨害波を局と区別できません。


やってみよう: (1) しきい値 −95 dBm で 999 → 1,003 → 1,008 kHz と回し、間が静かになるのを確かめる。(2) フェージング信号でパタパタを聞き、ヒステリシスを入れて消えるのを聞く。(3) 開く線と閉じる線の差を 1 dB、4 dB、10 dB と変え、差が大きいほどばたつきに強く、閉じるまでの時間が延びるのを見る。(4) しきい値を −80 dBm にして 1,008 kHz を聞き逃す失敗をし、バイパスで復活させる。
名前をつける
受信信号がないとき、または極めて弱いときに、スピーカーから出る雑音を止める回路を「スケルチ」と呼びます。開閉を決める受信レベルの境目が「しきい値」です。開く線と閉じる線を別々に置き、その間では状態を保つしくみを「ヒステリシス」と言います。今日の門を式で書くと、こうなります。
L は受信レベルの指標(今日は検波出力の直流分をアンテナ入力換算の dBm で表示)。Lopen は開く線(−93 dBm)、Lclose は閉じる線(−97 dBm)。差の 4 dB がヒステリシスの幅で、この幅より小さいレベルの揺れでは門が動かない。幅を広げるほどばたつきに強いが、弱い局で開きにくく、閉じるのも遅れる
AGC とスケルチの仕事
| AGC(第10回) | スケルチ(第15回) | |
|---|---|---|
| 何を見て | 検波出力の直流分(受信レベル) | 検波出力の直流分(受信レベル)。FM ではリミタ後の雑音量を見る方式もある |
| 何を動かす | IF(と RF)増幅器の利得を連続的に | 音声経路を開くか止めるか(二択) |
| 目的 | 入力が変動しても出力の大きさをそろえる | 信号がないときの雑音を止める |
| 信号がないとき | 利得が最大になり、雑音が一番大きく出る | 門を閉じて無音にする |
| AM 放送受信に | ほぼ必須 | 必須ではない。局探しでは切る |

スケルチが本領を発揮するのは、実は AM 放送より FM の業務用無線です。FM 受信機は信号がないとリミタと周波数弁別器が雑音をそのまま音にするので、無信号時の「ザー」が AM よりずっと大きい。相手が話していないときは静かに待ち、話し始めたら門が開く。だからタクシー無線や消防無線の受信機には必ずスケルチつまみがあり、試験では「FM 受信機のスケルチ回路」として出ます。今日の受信機では必須ではない追加機能ですが、しくみは同じです。もう一つ、ヒステリシスは電子回路の基礎でも出てきます。比較回路の出力の一部を入力に正帰還すると、開く線と閉じる線が分かれる。この回路をシュミットトリガと呼び、雑音の乗った信号をきれいな二値に直すときに使います。今日の門の中身は、まさにそれです。


試験ではこう出る
テーマ 1「スケルチ回路の説明」: 陸特・3アマ・4アマの工学で、FM(F3E)受信機について「受信電波が無いとき、または極めて弱いときに出力に現れる大きな雑音を消す回路は何か」と問われ、答えはスケルチ回路。FM 受信機のブロック図で、振幅制限器(リミタ)から分岐して低周波増幅器を制御している枝がスケルチです。スケルチ調整つまみの操作は「送話のない状態で、雑音が消える限界点付近に合わせる」。テーマ 2「AGC との区別」: 「受信入力が変動しても出力を一定に保つ」は AGC、「無信号時の雑音を消す」はスケルチ。今日の比較表の 2 列を、説明文から言い当てられるようにしておきましょう。一陸技では、スケルチそのものより、比較回路とヒステリシス(シュミットトリガ)が基礎の論理回路・パルス回路として出ます。
ひっかけ: 「スケルチ調整つまみは、いっぱいに回しておく」は誤りです。今日の失敗どおり、上げすぎると弱い局まで消えます。「スケルチは受信機の利得を自動的に調整する回路」も誤りで、それは AGC。スケルチは利得ではなく音声経路を止めます。「スケルチは AM 受信機に必ず必要」という肢も誤りで、問題文は FM 受信機で出ます。
今日の結果
第15回の結果
次回は最終回。練習用の信号源を外し、実際の放送を録った未復調の信号を入口につなぎます。局発を合わせ、IF の門に信号が入り、声が出た瞬間に、15 回分の部品が何をしていたかを一つずつ確かめます。
この回で解けるようになる問題
本文の「例題No.」は公益財団法人日本無線協会が公表している CBT 方式の国家試験の例題、「過去問」は同協会の公表試験問題です(日本無線協会 試験問題。同協会の利用条件に基づき掲載)。「オリジナル」は当サイトの作問です。
FM(F3E)受信機において、受信電波が無いときや極めて弱いときに出力に現れる大きな雑音を消すための回路は、次のうちどれか。
この問題を解く次の記述のA・B内に入れるべき字句の組合せで、正しいのはどれか。 スケルチ調整つまみは、A状態のときスピーカから出るBを抑制するときに用いる。
この問題を解く