無線通信ブートラボ
第14回

包絡線をなぞるだけでは、戻せない声

周波数はぴったり、音量もそろった。それでも、ある信号では声がひずみます。第2回から使ってきた包絡線検波器の隣に、搬送波を作り直して掛け算する検波器を並べ、同じ入力で聞き比べます。
この回でつくる

この回でつくるもの: IF 増幅器の後ろに切替スイッチを置き、包絡線検波器と並べて「搬送波再生つきの同期検波器」を足します。普通の AM 放送を聞くだけなら必須ではない追加機能ですが、検波とは何かが見えてきます。

前回の困りごと

第13回で局発を PLL で固定し、放っておいても局が逃げない受信機になりました。IF のスペクトルは 455 kHz の中心にぴたりと止まっています。ところが、シミュレータの信号源を「教材 AM」から「深い変調の AM」に切り替えると、声が割れました。音量を下げてもひずみは消えません。AGC を切っても同じ。周波数も利得も問題ないのに、音が壊れている。ということは、壊しているのは最後の段、検波器ではないでしょうか。

第2回の包絡線検波器がしていたことを思い出しましょう。ダイオードで片側だけ通し、コンデンサで山の高さを覚える。つまり「波の外側の形」を声として取り出していました。第1回の式で言えば、AM 波は Ac{1 + m x(t)} cos ωct で、外側の形は Ac{1 + m x(t)} です。この括弧の中が常に正なら、外側の形はそのまま音声 x(t) に比例します。では、負になったら? 包絡線は絶対値しか知りません。

予想してから、1つ足す

変調度 m が 1 を超える信号を、ここでは数学的に作って入れます。m = 1.5 とすると、x(t) が −1 に近いとき 1 + m x(t) は −0.5 になります。実際の波形では、包絡線がゼロまで細くなったあと、また太くなります。この「太くなる」部分は本来は負の値だったのに、外側の形としては正に見えます。包絡線をなぞる検波器は、ここで音声の谷を折り返して山にしてしまうはずです。周期的な波で言えば、谷の部分だけ周波数が倍になったような、割れた音になるでしょう。

では、折り返さずに戻すにはどうするか。「外側の形を見る」のをやめて、搬送波そのものを掛け算で消す方法があります。受信した AM 波に、同じ周波数・同じ位相の搬送波を掛けると、第6回のミキサと同じ三角関数の恒等式で、差の成分(周波数ゼロの近く、つまり音声)と和の成分(2 倍の周波数)に分かれます。和の成分を低域フィルタで落とせば、残るのは Ac{1 + m x(t)} そのもの。括弧の中が負でも、負のまま出てきます。問題は「同じ周波数・同じ位相の搬送波」をどこから持ってくるかです。送信側の発振器は手元にありません。受信した信号の中にある搬送波を、PLL で捕まえて作り直します。前回作ったばかりの道具が、ここでも使えるのですね。

今日の受信機(第14回)
今日の受信機。IF 増幅器(灰)の出口に切替スイッチを置き、上に包絡線検波器(灰)、下に搬送波再生 PLL と乗算器・LPF の同期検波器(橙)。観測点は両検波器の出力(青)

動かしてみる

まず、信号源を教材 AM(999 kHz、m = 0.5、音声上限 3 kHz)に戻します。切替スイッチを包絡線検波と同期検波で交互に切り替えて聞いてみましょう。声は同じです。二つの出力波形を重ねると、ほぼぴったり重なります。差があるとすれば、同期検波の方がわずかに雑音が少ない程度。通常の AM では、どちらの検波器でも同じ声が戻るのです。これが大事な前提で、同期検波は「普通の AM を聞くのに必要な部品」ではありません。

同じ入力を二つの検波器へ(m = 0.5)
同じ入力を二つの検波器へ。m = 0.5 の教材 AM では、包絡線検波(上)と同期検波(下)の出力波形がほぼ重なる

次に、変調度を 1.5 に上げた「数学的に作った過変調 AM」に切り替えます。IF の波形を見ると、包絡線がいったん太さゼロまでくびれ、その先でまた太くなっています。くびれの瞬間、搬送波の位相が反転しているのがよく見ると分かります。包絡線検波器の出力は、音声の谷が折り返されて、谷のあるべき場所に小さな山ができています。耳では、1 kHz の声に 2 kHz の割れた成分が混じって聞こえます。同期検波に切り替えると、出力は元の正弦波に戻りました。括弧の中が負になる区間も、負の値のまま出ているからです。

プラス a とマイナス a が絶対値で同じ高さへ写る対応を描き、外側の形だけからは元の符号を決められないことを示した図。
折り返すと、符号の手掛かりが消える。包絡線は絶対値しか知らない
包絡線が折り返す(m = 1.5)
包絡線が折り返す。m = 1.5 の AM 波(上)は包絡線がゼロでくびれて位相が反転する。包絡線検波の出力(中)は谷が折り返されて山になり、同期検波の出力(下)は元の波形に戻る

最後に、同期検波の弱点も見ておきます。再生した搬送波の位相を、わざと手で回せるようにしました。位相差 0 度では出力が最大、60 度にすると半分、90 度ではほとんどゼロになります。さらに、搬送波再生の PLL を切って、再生搬送波を 455.1 kHz に固定してみましょう。すると声に 100 Hz の「うなり」が乗り、音量が周期的にうねります。つまり同期検波は、搬送波再生が正しく働いているときだけ、包絡線検波より良い結果を出すのです。

周波数誤差 100 Hz から回転する位相の矢印、そして出力のゆっくりした振幅のうなりへと 3 コマでつないだ図。
周波数が少し違うと、位相は止まらない。回る位相が 100 Hz のうなりになる
基準の波を掛けて戻す
基準の波を掛けて戻す。IF 信号 × 再生搬送波 2cos(ωct) の積(上)には音声成分と 910 kHz 付近の成分が混ざり、LPF(中)で後者を落とすと Ac{1 + m x(t)}(下)が残る
やってみよう

やってみよう: (1) 教材 AM(m = 0.5)で二つの検波器を切り替え、声が変わらないことを確かめる。(2) m を 0.8、1.0、1.2、1.5 と上げ、どこから包絡線検波の出力に折り返しが出るか見つける(1.0 を超えた瞬間です)。(3) 同期検波の位相つまみを 0 → 90 度へ回し、出力が cos の形で小さくなるのを確かめる。(4) 再生 PLL を切って 100 Hz ずらし、うなりを聞く。

名前をつける

受信信号に、送信側と同じ周波数・位相の搬送波を掛けて低域フィルタを通す復調を「同期検波」と呼びます。掛ける搬送波を受信信号から作り出す部分が「搬送波再生」です。式で追ってみましょう。

同期検波の出力
s(t) = A_c\{1 + m\,x(t)\}\cos\omega_c t,\qquad s(t)\cdot 2\cos(\omega_c t + \phi) \xrightarrow{\ \mathrm{LPF}\ } A_c\{1 + m\,x(t)\}\cos\phi

s(t) は AM 波、x(t) は音声(−1〜1)、φ は再生した搬送波と受信搬送波の位相差。積は cos a cos b の恒等式で「差」と「和」に分かれ、和の成分(2ωc、455 kHz なら 910 kHz 付近)を LPF が落とす。残る Ac{1 + m x(t)} cos φ は、φ = 0 なら音声そのまま、φ = 90 度ならゼロ。直流分 Ac cos φ を除いた残りが音声出力

この式には絶対値がありません。だから 1 + m x(t) が負でも、そのまま負の値として出てくる。包絡線検波の出力は |Ac{1 + m x(t)}| で、絶対値が付く。違いはこの一点です。位相差 φ があると出力が cos φ 倍に小さくなり、周波数差 Δf があると φ が時間とともに回って、出力に Δf のうなりが乗ります。搬送波再生は PLL で受信搬送波を追いかけることで φ をほぼゼロに保ちます。第13回で局発を基準に追従させたのと、同じ仕組みです。

受信波と 90 度ずれた再生搬送波の積を 1 周期描き、正の面積と負の面積が等しく平均がゼロになることを示した図。
90 度では、正負が打ち消し合う。1 周期の平均がゼロになり LPF の出力は消える
位相がずれると出力が変わる
位相がずれると出力が変わる。横軸は位相差 φ(0〜180 度)、縦軸は出力振幅 cos φ。0 度で 1、60 度で 0.5、90 度で 0、180 度で −1(音声の極性が反転)

ここで、正直に書いておくことがあります。今日の過変調 AM は「数学的に作った」信号です。実際の送信機で m を 1 以上にすると、変調器や終段で波形が切り取られ、送信される時点で負の部分は失われています。すでに切り取られた信号を、受信側の同期検波で元に戻すことはできません。実際の放送で同期検波が役に立つのは、むしろ別の場面です。短波の放送のように電離層の反射で搬送波だけが弱まる「選択性フェージング」が起きると、受信側で見かけの変調度が 1 を超え、包絡線検波の声がひずみます。このとき同期検波は、受信信号から再生した搬送波を使うので、ひずみを減らせます。また、同期検波の LPF は検波後の帯域を狭く切れるので、隣の局の側波帯や雑音も減らせます。

検波器には得意分野がある

AM(A3E)SSB(J3E)FM(F3E)PSK(デジタル)
代表的な復調包絡線検波(同期検波も可)積検波に搬送波を再挿入(BFO)周波数弁別器・クワドラチャ検波同期検波・遅延検波
搬送波は送られてくる(再生も可能)送られてこない(受信側で作る)送られてくる(周波数の変化が情報)再生が必要(位相不確定性が残る)
この講義で第2回・第14回出てこない出てこない出てこない(一陸技で出る)
検波器には得意分野がある
検波器には得意分野がある。AM・SSB・FM・PSK の波形と、それぞれの代表的な復調器を並べた一覧図
無線技士の女性の先生が、オシロスコープの画面を指している
先生の一言。「包絡線検波は外側の形しか見ないから、括弧の中が負になった瞬間に谷を折り返してしまうの」

試験ではこう出る

試験ではここ

テーマ 1「変調方式と検波器の対応」: 陸特・アマチュアの工学で、AM は包絡線(直線)検波、SSB は搬送波を再挿入する積検波、FM は周波数弁別器という対応が穴埋めや正誤で出ます。今日の比較表がそのまま答えです。テーマ 2「同期検波と搬送波再生」: 一陸技の工学Aでは、PSK の同期検波回路のブロック図で、受信信号に基準搬送波 cos ωct を掛けて LPF を通すと cos φ に比例した出力になる、という穴埋めが出ます。式は今日の AM と同じで、cos(ωct + φ) × cos ωct → LPF → (1/2) cos φ。φ = π/4 なら cos(π/4) です。「同期検波は遅延検波より誤り率が低いが、搬送波再生が必要で位相不確定性が残る」という正誤も定番。クワドラチャ検波(FM)の問題も、検波の違いを問う形で出ています。

ひっかけ

ひっかけ: 「同期検波を使えば、送信側で過変調になった信号も元どおりに復調できる」は誤りです。送信時に切り取られた波形は戻りません。もう一つ、「包絡線検波は変調度が 1 を超えてもひずまない」も誤り。ひずむのは包絡線検波の方で、同期検波はひずみません。位相差 90 度で出力がゼロになるのは同期検波の弱点、と覚えておきましょう。

今日の結果

第14回の結果

  • 聞こえたもの 教材 AM では二つの検波器の声は同じ。m = 1.5 の過変調 AM では、包絡線検波の声が割れ、同期検波の声は元に戻った
  • 見えたもの 包絡線のくびれで搬送波の位相が反転し、包絡線検波の出力は谷を折り返した。同期検波の出力は位相差 φ で cos φ 倍に変わり、100 Hz の周波数差でうなりが乗った
  • まだ困ること 局のない周波数に合わせると、スピーカーから「ザー」が出続ける。局を探しているとき、何も聞こえない所では静かにしてほしい

次回は、受信レベルを見て音声経路を開け閉めする「スケルチ」を足します。これも AM 放送には必須ではない部品ですが、しきい値を一つにすると境界でパタパタする、という失敗を通して、二つのしきい値(ヒステリシス)の意味を体験します。

この回で解けるようになる問題

本文の「例題No.」は公益財団法人日本無線協会が公表している CBT 方式の国家試験の例題、「過去問」は同協会の公表試験問題です(日本無線協会 試験問題。同協会の利用条件に基づき掲載)。「オリジナル」は当サイトの作問です。

一陸技 ・ 日本無線協会 令和8年1月期 無線工学A 問7

次の記述は、図1に示す逆変調形搬送波再生回路を用いた QPSK 同期検波回路の原理的構成の一例について述べたものである。[ ]内に入れるべき字句の正しい組合せを下の番号から選べ。ただし、各演算器の出力式の係数及び回路内の遅延は無視するものとし、PLL は入出力の位相差が 0...

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一陸技 ・ 日本無線協会 令和8年7月期 無線工学A 問7

次の記述は、図に示すクワドラチャ検波器の原理的な構成例について述べたものである。このうち誤っているものを下の番号から選べ。ただし、入力の周波数変調波を ė1、移相器の出力を ė2、乗算器の出力を e0 とし、移相器は理想的に動作するものとする。

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3アマ ・ 日本無線協会 CBT例題 無線工学 No.3 問23

FM(F3E)受信機の周波数弁別器の働きについて記述しているのは、次のうちどれか。

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3アマ ・ 日本無線協会 CBT例題 無線工学 No.1 問22

電信用受信機の BFO(ビート周波数発振器)の説明で、正しいのは次のうちどれか。

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